ホーム活躍するOB・OGたち  第15回

第15回 授業を通して数学の面白さを生徒たちに伝えたい。

文理学部数学科 平成10年卒業
日本大学藤沢高等学校,藤沢中学校 教諭 髙木けい子先生

平成21年に開校した日本大学藤沢中学校で2年生の学年主任を務める髙木先生にお話しを伺いました。中学校の開校当初から深く関わってきた経験を活かし、これからは中高連携に力を入れていきたいと抱負を語ります。

教師の道を志したきっかけは何でしょうか。

学校の先生になりたいという思いは小さい頃からありました。子供にとって一日の生活の中で学校にいる時間は長いですよね。その中で一番身近な職業は先生でしたので、そんな思いがずっとあったのだと思います。
高校に進学し、進路選択の際に、どの教科を教える先生になるべきか、実はすごく迷ったのです。私は数学以外にも国語と物理も好きでしたし、さらに中高を通じてバスケットボール部に在籍し、体育も好きでした。いろいろな科目に興味があったのです。でも考えた結果、数学科を選んでよかったと思っています。数学には数学の楽しさがあるのだということを教員になってから改めて知ることができました。

それで文理学部数学科に進まれたのですね。
大学時代はどんな学生生活を送られたのでしょうか。

ラクロス部に入部し、ラクロス浸けの4年間でした。今、日大のラクロス部は1部で物凄く活躍していますが、私が学生の頃は、まだ創部間もないサークルで部員数も少なかったです。
数学科には友達もいたのですが、やはりラクロスの友達と行動を共にすることが多かったです。サークルを通じて他の学部の人たちとも付き合いが広がりました。このスポーツを始めたきっかけは、1年の時に知り合った友達がラクロスをやりたいといって、この友達に誘われてラクロス部に行ったところ、練習を見て恰好よかったので、私の方が先に入部を決めてしまいました。
プレー自体は大学4年間で辞めてしまいましたが、在学中に審判の資格を取ったことが私にとっては大きかったですね。今でも審判の活動を続けています。
練習は週4日で、朝練が多かったです。早朝に砧の商学部のグラウンドで練習してから文理学部に移動して授業を受けていました。毎回始発に近い電車に乗って通学しました。でもその分、放課後はアルバイトや勉強に精を出していたので、時間は有意義に使えたと思います。当時、文理学部に中庭があったのですが、そこでも練習していました。数学科でラクロスのスティックを持っていると目立ちましたね。

卒業後の進路はどうされたのですか。

学生時代は教員採用試験を受けず、1年間教職浪人する覚悟で4年の最後までラクロスに没頭していました。ところがゼミの先生から日吉(日本大学高等学校・中学校)で非常勤講師をやってみないかと声を掛けていただき、日吉でお世話になることになりました。
ちょうど日大高校が共学になる少し前の男子校の頃で、女性の先生が必要ということだったらしいのですけれど。行って驚いたのは、生徒がとにかく元気だったこと。中学2年生を担当したので、毎日大声を張り上げて楽しく充実した日々でした。私も教員として不慣れな部分がありましたし、生徒は生徒で大学卒業したての人が来たということで大変でした。
当初、高校の教員を希望していたので、中学生を相手に授業できるかなと不安に思っていたのですが、やってみたら楽しく、いろんなことを学ばせていただきました。とにかく毎日必死でした。日吉に4年間勤めた後、採用試験を受けて藤沢(日本大学藤沢高等学校・藤沢中学校)の教員になったのです。


野球部グラウンド


昨年完成した第二グラウンド

それで現在に至るわけですね。藤沢に移られてからの様子はいかがですか。

同じ付属でも校風が違いますね。私は4年間、日吉でとても元気な子たちを教えていました。こちらに来た時は、まだ高校しかなく、最初に高校1年を担当したのですが、高校生ってこんなにしっかりしているのだというのが第一印象でした。これは男子校と共学という違いもあるのかもしれませんが。
日吉では生徒が活発だったため、生徒とは妥協せずに関わるというポリシーを身に付けました。服装が乱れている生徒を注意する時に、素直に「ごめんなさい」と直してくれればいいのですが、変にごまかしたり、こそこそ逃げていくような態度を取られると私は許せないですね。(笑)「すみません」と言って直せば済むことを聞こえなかったふりをする子は後から追いかけて指導します。ただ、そこまでする生徒はそんなに多くないですけれど。
高1から高3までの3年間、私はこの姿勢で生徒と関わってきました。その結果かどうか、卒業時は全員がほぼ希望の大学に進学し、浪人生は一人も出ませんでした。
中学開校時に入学した1期生が85人いて、高校に上がっていますが、そのうち60人位は至るところで中核的な存在になっています。生徒会長も中学から上がってきた子だし、学校の手伝いをする子たちが多いです。特に1期生は前例がないところに飛び込んできただけにパワーのある子が多かった気がしますね。今の学年主任を担当している中学2年生はすごく素直な子たちが多いです。生徒たちが皆、素直なので、楽をさせてもらっているところもたくさんあります。「素直」がウチの売りみたいです。教員が指導してその風土をつくっているというよりも、生徒たち自身が自らつくり出しているようです。ああいう先輩になりたいと先輩方を見習って、後輩が育っているようです。
日吉では非常勤だったので、生徒と接するのは授業だけでした。けれども専任になると担任を持ったり、部活動の顧問になったりと仕事量が格段に違いますし、生徒を見る視点も変わります。教科だけでなくいろんなことを考えていかなければいけないという面ではすごく勉強したことが多かったです。教科の先生からも生徒指導の方法や授業の進め方などを丁寧に教えていただき、今があると思います。
部活は、運動部の経験を買われて女子バレーボール部の顧問をやっています。
これまでやったことのないスポーツなので、初めのうちは生徒に聞いたり、生徒と一緒にパスをやったりという楽しみはありましたね。バレーボールは高校の先生が審判をやることがあります。ラクロスの審判の資格を持っているおかげでルールに関しては勉強しやすかった気がします。


サッカー、水泳等のトロフィー、優勝盾など


野球部の甲子園出場、神奈川県大会優勝のペナント、トロフィー

今、特にご苦労されていることは何ですか。

他の学校もそうではないかと思うのですが、行事の準備であるとか学年イベントの準備などはかなり手がかかりますね。ただ先生方が協力して下さるので、そこはとても有難いと思っています。
中学1年では4月のオリエンテーション合宿、2年では林間学校、3年では修学旅行と、各学年で宿泊行事があるのですが、学年所属は担任を持つ3人だけなので、その時には他学年の先生に手伝ってもらっています。
ちなみに1年生のオリエンテーション合宿は、中学校生活を始めるに当たっての心構えを先生方に話してもらったり、生徒との交流を図り集団生活に馴染むことが大きな目標です。小学校では担任の先生が全ての教科を教えますが、中学から変わりますね。試験も中学に入ると定期試験になります。制服着用や電車通学も中学に入ってからですね。小学校を卒業したばかりの子たちが集まってくると、やはり最初は馴染めずに揉め事が起こったりすることもあります。

今後の抱負は

教科の勉強をさらに深めるとともに、もっと楽しく教えられるようにしたいです。生徒たちが数学に興味を持って欲しい。発見したり、考えたり、工夫することに楽しみを見出せるようになって欲しいと思いますね。そんなことを授業を通して伝えていきたいです。
また、日大藤沢は高校の生徒数が多く、中学から上がっていく生徒は一部です。中学に入学させる親御さんは、大学進学まで見据えて入学させていらっしゃいます。中学だけ、高校だけよくてもダメなので、中学校の設立当初からかなり深く関わることができた経験を活かして中高連携を強化していくための力になれればと思っています。


来年新設される小学校の校舎建設が進んでいます。

訪問を終えて

緑豊かな環境と施設の素晴らしさに驚きました。また私たちとすれ違う生徒が皆、礼儀正しく挨拶してくれたのが印象的でした。先生に伺ったところ、挨拶運動とか、特別な指導をしているわけではないとのこと。こうした態度も先輩から引き継がれ、培われているのかもしれません。

学校紹介

日本大学藤沢高等学校・藤沢中学校
URL : http://www.fujisawa.hs.nihon-u.ac.jp
住所 : 神奈川県藤沢市亀井野1866
TEL : 高校 0466-81-0123
中学校 0466-81-0125

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